| ■ |
究極のマーケティングゲーム──選挙。限られた期間で、「何を」、「どのように伝えるか」を争い、結果は最大シェアの獲得、つまり票の獲得数で決まる。
「何を」の部分は、「政策」であり、これが一番重要であることは言うまでもない。最近ではマニフェストという形で横並びに整理されるのでわかりやすくはなってきた。
そして、「どうやって伝えるか」、マーケティングでいうプロモーション部分。私たち多くの有権者は、マニフェストを読むよりも、テレビをはじめとする報道を通じ、候補者の話し言葉や表情、態度などからその良し悪しを判断する。本来自らの政策をわかりやすく伝えるということに注力されるべきだが、とにかく相対評価で優位に立てばいいわけだから、あらゆる手を使って相手を否定し、蹴落とす作戦が展開される。
そういう点では、あえて敵を作って対立を演出していくという小泉首相の手法は、民主主義に反するとか批判されながらも、大衆にはわかりやすくてうまい戦術だ。
その場合、大衆が対抗馬側につけば小泉さんが不利になるわけだが、今回でいう郵政法案の反対組の綿貫氏や亀井氏が、日本の明るい未来を担うと思う人は少ない(ということを小泉さんがわかっている)ので、法案の中身を吟味する以前に小泉支持の流れができていく。
そしてそんな中、新党の立ち上げ。恨みつらみを並べた綿貫さんが「国民」なんて印籠を見せたってウケもしない。また、「チーム、ニッポン」というかけ声も迫力不足で切ない。いずれも、前向きなパワーが感じられず嘘っぽい。「日本」とか「国民」とかいう名称を軽々に使わないでいただきたい。それにしても田中氏は、自らは出馬せず長野県知事の職にとどまるとのことだが、確か以前の選挙では民主党政権の閣僚候補としてテレビ出演していたような。長野県民は気の毒だ。いずれにせよ反対勢力が結集していないことを国民に知らしめる新党の立ち上げは、完全に小泉さんの術中にはまっていると言える。
一方、民主党はというと、個人的には岡田氏は真面目で信頼がおけると思うのだが、ここも党のまとまりがないことが見えてしまい、どうも存在感が高まらない。
選挙は、消費する前に代金を払う(=投票する)という点で、形のないものを売るサービスマーケティングに近い。つまり期待に一票を投じるわけだから、その人を信用・信頼できるかが一票の別れ道になり、それゆえ中身もさることながら、イメージが重要になる。
雨の日に濡れながらの街頭演説、両手での握手と笑顔、意味のわからない全力疾走等、政策と何ら関係のない演出が多々行なわれる。「よくわからないけど、好印象な彼にしておこう」なんていう一票を獲得するためだ。
そしてさらには、イメージの前に知名度だ。「知っているから名前書いておこう」という有権者も厳然と存在する。
そういう点では、今や「ホリエモン」の知名度は抜群だ。「有権者をなめてんのか」「選挙なんか出て会社は大丈夫なのか」等とネガティブな声が既に多く上がっている。また、テレビ出演での話を聞いても政策についてはよくわかっていないし、はっきりしたビジョンがないことは明らかだ。しかし、堀江氏としては、最も注目される亀井氏への刺客として出馬した時点で既に目的を達成したと言えるのではないか。
勝てば英雄。負ければ既存勢力と戦った勇敢な青年というプロ野球のときのパターン。いずれにしても失うものはないという計算だろう。その点では見事なマーケティング戦術だ。
それに対して、「このふるさの幸せ」等とエモーショナルな言葉を連発して、テレビでもむきになってホリエモンに対抗意識を燃やす亀井氏は、確実に株を落としている。十分に強いなら、もっと余裕の態度を見せればいいのに。
選挙は相対評価の勝負ゆえ、こっちが圧倒的に良いという積極的な投票だけではなく、「どちらかと言えばましかも」という消極的な一票も多いはずだ。
選挙区には「亀井さんではもう変わらないだろう。」という有権者も若者を中心に少なからずいるはずで、「だったら何か変わるかもしれないホリエモンに。」という票がまとまる可能性はある。(ただ投票用紙にホリエモンと書く無効票が多い気もするが。)
「ホリエモンの経済学 M&A編」の次は、「よくわかるホリエモンの政治学」か。
ともあれ、ここまで国民の関心が高まる選挙は今まであったであろうか?せっかくだからマーケティングエンターテイメントとしての選挙を大いに楽しんで、真剣な一票をもって投票所に向かいたい。(鈴木一)
*この記事は、週刊で発行するメルマガ【マーケとマネー〜せつないとき】96号に掲載したものです。ご興味のある方はこちらからご購読ください。
→ごきげんなマーケとマネー研究所
|