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いつも比較的地味な生活をしているつもりではあるが、キャンプ場ではその比ではない。
トレンドスポットをはじめ都市を歩き回ることが好きな反動か、休日は人ごみにいくと疲れてしまう。
都市生活に心のカサカサ感を感じた頃、キャンプに出かける。にわかスローライフだ。
今回は標高1300メートル近い長野県のとある高原だった。
朝のやわらかな陽光と鳥のさえずりで目を覚まし、心地よい空気の中、眼前の池と白樺林を眺めながら飲む一杯のコーヒーは、それがインスタントであっても格別だ。
日中はいろんな発見がある。水のキレイな場所に棲息するルリイトトンボ、7年間の土中生活を終え、成虫になるために木を上っていくせみの幼虫(抜け殻ではない!)、ホタル等々。
夕食のおかずは、釣った川魚の塩焼き。焚き火の前で一献傾け、ほろ酔い気分で満天の星を眺めて寝る。何もかもが命の洗濯だ。
もちろんその分、不便や苦労も多い。
設営や撤収にも結構な時間がかかる。タープの下にこまめに荷物を入れておかないとにわか雨でびしょ濡れになる。当然電気・ガスも通じていないし、トイレや炊事場もそこそこ歩かないといけない。虫にもさされる。携帯電話もFOMAについては全く通じず、メールもできない。
皆がこんな生活をしていれば地球温暖化なんてことはないはずだ。
キャンプ中では、ひげを剃ることもないし、ファッションや持ち物のブランドに気を使うこともない。物質的な豊かさがいかに浅はかであるかに気づく。
しかし、冷静に考えてみると、決して真にワイルドな生活とは言えない。キャンプ場へのアクセスは道具を満載した車。癒されるための焚き火はバーナーで着火。テント内は電池式のランタン。虫除け、虫さされは必需品。キャンプ場のトイレは水洗。汗は流すのはコインシャワーや温泉。
多くのものを消費していないといられない。情けないが、普段物質文化に頼り切ってを過ごしている自分が、たった三日間を頑張ってスローに生活をしてみてもせいぜいこんなもんかと思い知る。それだけ人間としてのたくましさや生命力を失っているのかもしれない。
キャンプから戻ると、日常生活のありがたみを痛感する。雨・風を避けるなんていうことは当たり前だし、蛇口をひねればいつでもお湯が出る。冷蔵庫を開ければいつでも冷たい飲み物にありつける。一方、藤井隆の披露宴がどうしたなどテレビから流れるどうでもいい情報、街にあふれる広告、日に百単位で届くジャンクメールにはうんざり。また家の中を見回してみると、着もしない服、使いもしないバッグをたくさん持っている。
世にあふれるマーケティングにより、私たちは必要のないものを消費していることも多い。その一方、本当に豊かな生活を支えてくれている製品やサービス、情報も確実にある。
地球を離れて、地球の美しさを知る野口さんとはいかないが、都会を離れると自らの都市生活を客観視できる。マズローの欲求に照らしたとき、どの段階の欲求に自分のどの消費があてはまるのか、自分にとって健全な消費と浪費の境目はどこか、そんな再発見も面白い。翻って提供者側に立つと、自社はどこにはまる製品やサービスを提供しているのか、提供していくべきなのかヒントがつかめるかもしれない。
夏休み。まあそんな理屈は抜きにして、思い切り消費をそぎ落とし、一日だけでもスローライフを体験してみてはいかがだろうか?(鈴木一)
*この記事は、週刊で発行するメルマガ【マーケとマネー〜せつないとき】94号に掲載したものです。ご興味のある方はこちらからご購読ください。
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