先日、六本木ヒルズ内のチャイニーズ系某行列店で食事をした。
噂には聞いていたし、いつも長い行列ができていて気にはなってはいたものの、一度も訪れたことがなかったのだが、早いランチならそう混まないであろうと立ち寄ってみた。
店の前に着いたのが10時半過ぎ、11時の開店に向け早くも列ができていたが、これなら開店後一回転目で入れそうなので待つことにした。
ところが、11時になっても開店する様子がない。
少しすると女性スタッフがでてきて、「パソコンが故障したので開店が遅れます。しばらくお待ちください。」とのこと。
「パソコンが故障したから開店できないって何やねん。そんなん通用せーへん。店長がお詫びの挨拶をすべきや。」
列の後ろに並んでいた関西弁のおばあちゃんは、一緒に並んでいる家族に怒りをぶちまけていた。
確かにその通りだ。冷蔵庫が壊れた、ガスコンロが壊れた、水道が壊れたならまだわかるのところだが、料理に直接関連しないパソコンが壊れたと言っても、おばあさんには到底納得できないであろう。
店内をのぞいてみると、何やらあわただしく打ち合わせをしている。
きっとPOSレジが壊れたのだろう。紙で注文をとるとなんていうことは想定されていなかったようで、即興のレクチャーがなされている様子だ。
結局、店に入れたのは、開店時刻から20分くらい過ぎた頃。
案内されると「いらっしゃいませー。」と何事もなかったような挨拶。
「開店が遅れて大変申し訳ございません。」の一言もない。
噂の料理は、たしかにどれも美味しく満腹感はあったが、満足感が足りない。
食事を終えると、今度は会計が遅い。手書きの注文書をメニューとにらめっこしながら電卓で計算しているものだから全く捗らず、レジ前にも列ができている。
結局最後まで何のお詫びの言葉もなかった。
私たち人間は、これまでの歴史の中で実に多くの機能を道具にアウトソーシングしてきた。
寒さをしのぐことを衣類に、火を起こすことをガスコンロに、移動を車やバス・電車に、連絡をとるということを電話に等々。
その道具が増えて続けてきた歴史が経済発展の歴史といっても過言ではない。
便利な道具によって、間違いなく生活は弁理で豊かになったが、その一方で、道具自体が複雑になり故障したり道具が使えなかったりするとたちまち身動きがとれなくなる。
また、道具を上手に使うということは人間の進化だとも言えるが、逆に道具の進化で私たち人間自身の機能の一部が退化したとも言える。携帯電話のメモリのおかげでほとんど電話番号を覚えなくなった、ワープロを使うことで漢字を忘れたなんていうのはここ数年だけでも自覚できる例であろう。
「スロー」が時代のキーワードなどと言ってはみても、このアウトソーシング化は後戻りできそうにない。そんな中、人間さまがアウトソーシングできないもの、そしてしようとしてはいけないもの、それはやはり「心」だ。
レジが壊れて開店が遅れたことは百歩譲って許したとしても、客に迷惑をかけたことに対して誠意を表さないのは、「心」が感じられない。
美味しい料理を出しているからそれでいいというのか?行列店ゆえのおごりなのか?
PC以外に大事なものが故障しているのかもしれない。
*この記事は、週刊で発行するメルマガ【マーケとマネー〜せつないとき】48号に掲載したものです。ご興味のある方はこちらからご購読ください。
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